7年間この瞬間を待っていた

いやあ、おめでとう!

星陵高校時代から応援しているくにちゃんは、涙が止まらなかった。

以下、11月5日のニューヨーク・タイムズ。

松井秀喜は、自分がヤンキースでさらなる試合をプレーするのか、知らない。ヤンキースにも、わからない。もしも、松井がヤンキースでの最後のゲームを戦ったのだとしたら、彼は野球界最大の舞台を、7年前に海の向こうからやってきた時と同じような形で去ることになる。松井はプロフェッショナルであり、素晴らしかった。

動じない打者、松井は、本塁打、2塁打、単打を放ち、6打点。ヤンキースはフィラデルフィア・フィリーズを7-3で破り、4勝2敗でワールドシリーズを制した。2000年以来の優勝である。7年目の松井にとっては初のワールドシリーズ・リングとなった。

6打点はボビー・リチャードソンのシリーズ記録に並んだが、松井は冷静であった。ヒットを打った後、祝福を受けてもほとんど笑顔を見せなかった。拍手喝采を浴びながら、まっすぐ前を見つめるか、足元に視線を落とすかだった。

ファンは松井に向かって「MVP!MVP!」を大合唱した。フィラデルフィアでは指名打者が使えないため、先発したのは3試合だったが、ファンは正しかった。松井は打率.615、3本塁打、8打点で、シリーズ最優秀選手(Most Valuable Player)に輝いた。

「人生最高の瞬間ですかね」
松井は言った。

ヤンキースが松井と再契約しないとしても、彼は記憶に残るゲームとともにチームを離れることになるだろう。3回までにペドロ・マルティネスから2点本塁打と2点シングルをかっとばし、ヤンキースに大きなリードをもたらした。マルティネスは、その年老いた右腕から今一度、魔法のような投球を搾り出そうとしたが、松井がそれを許さなかった。

マルティネスが降板した後の3打席目で、松井はスタンディング・オベーションを受け、J・A・ハップから2点2塁打して7-1とした。2塁塁上で、またもやスタンディング・オベーション。だが、ヤンキー・スタジアムで最も沈着な男は松井であった。

「今言えるのは、最高の気分ということだけです。アイム・ソー・ハッピー」

1年目の2003年、ア・リーグ優勝決定戦でも松井はマルティネスを痛打した。2塁打を放って追撃のきっかけを作り、最後はアーロン・ブーンのサヨナラホームランでレッドソックスを下したのであった。

2回表、マルティネスは先頭のアレックス・ロドリゲスを四球で歩かせると、松井に対してテンポが遅くなった。フルカウントからチェンジアップをファウルされ、マルティネスは速球を投じた。球速は89マイル。最近の彼にすれば精一杯の球であったが、松井は右翼の2階席に叩き込んだ。
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松井は、ニューヨークが好きだし、残留できたらいいと言った。1年目は、野球界最大の舞台でも落ち着いてプレーできることを証明した。そしてヤンキースで最後の試合となるかもしれないこの夜、彼は依然としてプロフェッショナルな、素晴らしい活躍が出来ることを証明したのである。





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