水泳全米選手権の総括

ちょいと遅いが、選考会をまとめた記事です。

『非情の選考会、弱点もあきらかに』

7月7日のNew York Timesから。

アメリカが来月北京に送り込む競泳チームは、多才さ、年齢、偉業の限界に挑む。

永遠の若きスプリンター、ダラ・トーレスは年齢による限界説を打ち破り、50m自由形決勝にも勝って4種目めの五輪を決めた。

ケイティ・ホフは6個の金メダルを狙う。そして一晩で個人種目2冠もかかる。実現すれば1976年に東ドイツのコルネリア・エンダーが達成して以来となる。

2004年と同じく今年の見出し男、マイケル・フェルプスは、1972年のマーク・スピッツより一つ多い8冠を狙う。その可能性は4年前より高いと見られている。アテネが事実上のリハーサルとなったからである。

「彼は役者ですよ」ナショナルチームのマーク・シュバート監督は言う。
「舞台が大きくなるほど向上する」

最終日にもう一つの波乱があった。1500m自由形で、予選で大会記録を更新したエリック・ベントが決勝では4位に敗れた。優勝はピーター・ヴァンダーカーイで14:45.54だった。2位はラーセン・ジェンセン。

タイ記録も含め、8日間で世界記録が9個生まれた。うち6個は男女の背泳ぎである。多分にハイテク水着の恩恵をこうむった観もあるが、一方でアメリカチームの弱点を覆い隠してしまう結果にもなった。

200バタではエレーヌ・ブリーデンが勝ったが、アメリカ人以外の4人が今季、それを上回るタイムを出している。男子200平で大番狂わせを演じたスコット・スパーンのタイムよりも速い選手は5人もいるのである。

ホフは800FRに圧勝したが、タイムは1988年の五輪でジャネット・エヴァンスがマークした記録よりも遅い。女子100平、100バタ、100FRも、その内容から考えて表彰台は険しい道となりそうだ。

アメリカチームのコーチ陣は、選考会での選手層があまりにも厚いために、かえって記録的には抑えられたのではないかと見ている。

「いつもどおりのレースができなかったレースが多い」シュバートは言う。
「大体はオーバーペースでした」

トーレスは100FRに勝って5度目の五輪を決めた。彼女のタイムは53秒78で、41歳にして2歳児の母ということを考えれば素晴らしいものだが、今季世界ランク3位の記録からコンマ5秒近く遅れている。

したがってトーレスは100はとりやめて、50FRとリレー種目に集中するということも検討しなければならない。

彼女はその方向に傾いているが、シュバートと話し合ってから決めると言う。
「100はどうするかわからないけれど、50は絶対出るわ」
(このあと100は出ないと発表した)

トーレスはアメリカ代表チームで最年長となる。女子の五輪スイマーとしては、1972年のカナダ代表だったブレンダ・ホルムズの44歳(!)につぐ。15歳のエリザベス・ビーゼルが今回の最年少である。

アメリカ五輪チームを選ぶのに、完全なる公式など存在しない。陸上競技を見るといい。前回覇者のタイソン・ゲイが北京にはいない。かと思えば体操ではポール・ハムが故障しているにもかかわらず選ばれている。

過去の実績などあてにはならない。メアリー・デシェンザ、タラ・カーク、ウィットニー・マイヤーズ、デイヴィス・ターウオーターの面々は、いずれも昨年の世界選手権でオーストラリアに対抗した主力だったが、代表の座を逃した。

キャラ・リン・ジョイスもその一人で、50FRで4位に終わって、五輪にはさよならのキスをすることになりそうだった。選考会の前半、ブルックリン生まれで現在はジョージア州で練習する22歳のジョイスは、100FRで7位に終わり、リレーメンバーにひとつ及ばなかった。ところがエミリー・シルバーが50FRのゴールタッチで手を骨折してしまい、ジョイスに出場の目が出てきたのである。

100で5位だったシルバーは骨折の夜、現地の病院で泣きながら一夜を過ごした。手術を受けることになろうが、シュバートは北京に間に合うことを期待している。一方でジョイスは、万一召集されたときのために準備しておくようにと伝えられた。

1976年五輪のスターで今回プールサイドで解説をつとめたジョン・ネーバーは、100FRでトーレスに次いで2位になったナタリー・コグリンにマイクを向けた。41歳に負ける気分はどうですかと尋ねると、観衆はネーバーに大ブーイングを浴びせた。

ネーバーは50では同じ過ちを犯さなかった。2位のジェシカ・ハーディはその手の質問はされなかった。オリンピアンたちが祝福を受ける夜である。野暮なことは言わぬが花というものだ。

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