桜の勇者たちとその国を、ラグビー母国の記者はこう見た

以下、10月13日付イギリスGuardian紙。アンディ・ブル記者。

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それは1分にも満たない、ほんの短い沈黙の時間だった。だが、そこには多くの意味が含まれていた。普段の試合ではありえない、相反するすべての感情が渦巻き、ぶつかりあっていた。台風「ハギビス」が日本に猛威を振るったわずか数時間後、氾濫した河川の水はいまだ国土を覆い、救出活動も完了しておらず、復旧作業は始まってさえいない。この黙祷が誰のために、何人のために捧げられるのか、正確に知るものは誰もいない。彼らは犠牲者の数をかぞえ、それは終日続いていた。夜明けの時点で4人だった死者の数が、やがて9人になった。試合が始まるころには24人に増え、ハーフタイムの時点で26人になり、試合が終わったころには28人を数えていた。

そもそも試合をすべきだったのか、と問う声もあるだろう。実際にワールドラグビー(WR)は日曜早朝に、その協議をした。WRは試合開催の可否を、日本国内の統括団体にゆだねる決断をした。なぜスポーツをするのか、なぜスポーツを見るのか。いまだ多くの人が行方不明であり、堤防は決壊し、川は氾濫している。横浜の16マイル東にある川崎では数十万人が夜のうちに避難し、30マイル北の相模原では、住宅を飲み込んだ土砂崩れによる犠牲者の数を数え続けている。

あえて言うなら試合開催は、日常をいくらかは取り戻したと宣言する一つの方法かもしれないし、さらに言えば、少なくとも我々は生きているし、今目の前にあることを楽しむのだという、不屈の精神を示すバイタルサインかもしれない。

ホスト国というのは、ある種のメンツによってその行動を促されてきた。だが今回の協議に参加した一人によると、日本側が述べたのは、自分たちは、(この状況下でも)それができるということを世界に示したい、ということだった。

横浜がさらなる被害を免れた理由の一つに、スタジアムの建てられた場所がある。横浜国際総合競技場は遊水地(洪水調節池)の中に建っていて、この遊水地が、鶴見川から溢れ出た水を受け入れる。スタジアムは高床式の構造になっており、水は地下部分を流れるかたちになる。すなわちスタジアム自体が、物理的に街の洪水対策の一部になっているのだ。そして今、ここは精神的よりどころににもなっている。

大会関係者は、土曜の夜はスタジアムに泊まり込んだ。外では暴風が吹き荒れていたが、風がやめば彼らは直ちに被害の確認を始めることができるのだった。夜明けとともに修復のクルーやって来て、ドレッシングルームに入った水をポンプで排出する作業を始めた。水かさは3インチほどだった。一方で消防士たちは、電気系統をトリプルチェックしてまわった。その後、ピッチに水をまき、泥や漂流物を除去した。大会委員会は政府や地元行政と連携し、土木、道路関係、交通機関各社は、複雑に絡まった糸をほぐすような作業をすすめていった。

日本国内では、ワールドカップについての話題と言えば「おもてなし」だった。日本流のホスピタリティのことだ。「おもてなし」という言葉を正確に翻訳することはできないが、私が日本に滞在している4週間のざっくりした理解で言えば、それは「ゲストによろこんでもらうために、ベストと思う以上のことをする」という意味だ。

だがこれは、誰もの予想をはるかに超えた先にある話だった。なぜ多くの人々が、試合の数日前に勘違いをしていたのか。なぜ彼らは、日本が試合の中止を望み、負けっぱなしの相手であるスコットランドと戦うよりも、中止のほうがその後の組み合わせで得をすると考えている、などと思ったのか。彼らは、これはすべてスコットランドを敗退させるための陰謀だ、などとさえ言っていた。

スコットランド・ラグビー協会のマーク・ドッドソンCEOもまた、完全に間違っていた。ドッドソンは、スコットランド協会が法的措置も辞さないという考えを否定しなかったし、彼のチームが「巻き添え」を食らうのをゆるすわけにはいかない、と怒りをあらわにした。現実にここで起きていることからすればそれはとんでもない誤解であり、日本の人々とそのチームは、この試合を戦って勝つ気満々だったのだ。
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黙祷のあと、日本の国歌「君が代」が流れた。この歌と日本国民のあいだには複雑な事情がある。歌いたくないという人たちもいる。今大会のあいだ、ファンの間で、声を出して歌おうじゃないかという運動がおこった。そして数万人がここで歌った。厳かで心を揺さぶるようなその歌はどんどん大きな声となり、やがて街じゅうにこだまするまでになった。その後スコットランド国歌も流れたが、スコットランドチームが今対峙しているのは、強大な力によって奮い立ち、その国と同じように、苦難を乗り越えることができるのだと示さんとする、決意に燃えるチームであった。


試合前半、ジャパンは30分にわたって、獰猛に、集中力を高め、激しいラグビーを展開した。それは決勝トーナメントの相手が誰であろうとも食ってしまえる素晴らしだった。日曜日の相手は南アフリカだ。スコットランドも速いテンポのラグビーを見せたが、この日は劣勢だった。相手がよりフィットし、シャープで、素早かった。スコットランドは試合後、涙にくれたが、後半に反撃して意地は見せた。

日本のファンにとっては、不可能など何もないと信じられる結果になった。この日曜夜に起きたことを考えれば、それを否定できる者などいるだろうか。
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