Rolling Stone、またしてもTOTOをけなす(10月31日付)

2018年は、TOTOの"Africa"が私たちの非公式テーマ曲になった年と言ってもいいだろう。この曲はまぎれもなくバカげた曲だ。アフリカへ行ったこともないロサンゼルスの都会のガキが80年代につくった、アフリカへの抒情詩。しかし、我々にとって大事な意味もある。これは新たな"Don't Stop Believin'"だ。80年代のクラッシックで歌われている大ウソが、どういうわけか最近人気になっている。新しもの好きの若者やママさんたち、音痴のカラオケシンガーたちが声を枯らして"I bless the rains down in Africa!"と歌い上げる。好むと好まざるとにかかわらず、ここ最近聞いたことがあるだろう。明日も聞くだろう。このクソソングはあなたをどこまでも追いかける。夜の闇にこだまする野犬の遠吠えのように(訳注:歌詞にかけている)。
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TOTOが言うアフリカは存在しない場所であり、過去に存在したこともない。この曲はかの大陸とは何の関係もなく、あるとすればあのグルーヴィなカリンバのソロぐらいである。しかし、この曲が現代のアメリカの地図となっていて、だからこそ80年代よりも大きな影響を与えているのだ。TOTOのドラマーだったジェフ・ポカーロが言っていた。「白人の青年がアフリカについて曲を書こうとしている。ところが彼はアフリカへ行ったことがない。知っているのは以前にテレビのドキュメンタリーで見たことぐらいだ」。歌い手は想像を深くする。自分がどこにいるのかもよくわからない。そして「ありゃ、山があるぞ」と気づく瞬間がおとずれ、"Kilimanjaro rises like Olympus above the Serengeti”の歌詞が生まれるのだ。あえて言うまでもないが、セレンゲティからキリマンジャロを見ることはできない。両者は200マイルも離れている。
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ウィーザーが"Africa"をカバーして、世間をあっと言わせた。SNSで彼らのファンがこの曲をカバーしてくれと懇願し、それにこたえたものだ。TOTOは先月、お返しにウィーザーの"Hash Pipe"をライブで披露した(スタジオ録音盤もある)。「ウィーザーの面々が生まれる前に、俺たちは大麻(hash)を吸っていた。だからカバーすべきだと思ったんだ。ギタリストのスティーブ・ルカサーはステージの上で言った。「これはウィーザーへのトリビュートだ。彼らに神の御加護を」。
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ルカサーは長年リンゴ・スターのオールスターバンドに参加しているが、これはギグのたびにリンゴがAfrica"を叩くということである。ビートルズファンのなかに、21世紀になってリンゴが"Octopus Garden"ではなく"Africa"を叩いているなど、予想した人がいるだろうか?実際にそうなってしまった。

アメリカン・カルチャーの数奇な歴史は、この曲の中にちりばめられている。TOTOが擁するスタジオミュージシャンたちは"Thriller"でプレイし、ボズ・スキャッグスやスティーリー・ダンなどのクラシックにも参加していることは言うに及ばない。つまり、そのすべてのグルーヴ学が"Africa"に潜んでいるのだ。トマス・ピンチョンが最新作の小説『Bleeding Edge』の中に、この曲を登場させている。創業したてのIT企業の人間が、ニューヨークのカラオケバーで9・11の前夜に大声で歌うのである。まるで"I left the brains down in Africa(俺はアフリカに脳みそを忘れてきた)"だ。テレビの"Stranger Things to South Park"では、ジャスティン・ティンバーレイクとジミー・ファロンがウィニペソーキのキャンプ場で歌う。
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CBSは、ネルソン・マンデラの葬儀の中継にこの曲を選んだ。これにはTOTOのメンバーですら驚いていた。この曲のボーカルで作曲も手掛けたデビッド・ペイチは声明で、CBSは南アフリカの地元の音楽にしたほうがよかったんじゃないかと述べつつ、ネルソン・マンデラを称えた。この曲で本物のアフリカの雰囲気を出そうとするなど、パリス・ヒルトンにフランス語を習うようなものである。

"Africa"は1983年にナンバー1ヒットになった。それまでの1位はオーストラリアのバンド、メン・アット・ワークの"Down Under"で、二つの大陸が1位を争うという初の出来事となった(直前の1982年には英国のAsiaのアルバムがベストセラーになっている)。だが"Down Under"は、本物の場所を歌った本当の曲だ。オーストラリア人が地元のスラングをつかって、ベジマイト・サンドウイッチをシャウトする(ベジマイト=登録商標。黒いペーストで、パンに塗って食べる)。
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"Africa"はまったくちがう。行き場のないホームシックの歌。シンガーは時間と場所を忘れ、行ったことのない土地での、ありもしないロマンスを語る。アフリカについては何も知らず、その地にとらわれてしまった悪夢を考えれば知らないほうがいいのかもしれないが(こうなってしまった自分が怖いんだあああ!=歌詞の中にある)。最近は、この感覚がわかる。砂漠についてヨットロック(70年代から80年代のウエストコーストサウンド。AOR、ソフトロック)が歌うなんて、これ以上に近代化の侵略を表すものがあろうか?

この曲を80年代に好きだったという人ですら、今これだけ人気になっていることに仰天するに違いない(1983年はナンバーワンヒットにろくな曲がなかった。だが歴史的に振り返れば、"Come on Eileen"や"Maniac"のほうがまだましだったと皆が思う)。TOTOは居場所がないように思われた。70年代に取り残されたLAセッションミュージシャンの集まりで、フロック・オブ・シーガルズやカジャグーグーとチャートを争った。
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80年代のゆるい基準に照らしても、あのプロモーションビデオは恐ろしいほどに人種差別主義的で、だからMTVでもめったに放送されないのかもしれない。
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この曲が永遠に忘れ去られればいいのにと思う向きもあるだろう。とはいえ、「アフリカ」に恋焦がれる切なる思いにウソはない。だからこそ時代を超えたスタンダードになっているのだ。そう簡単には消えない。2018年のアメリカにおいて、すべての道は"Africa"に通じているのである。

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