レデッキー、プロとしてのパンパシ

以下、8月9日付New York Times。
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ケイティ・レデッキーは6歳でパリセイズ・パーパス(スイミングクラブ)に入った時、アメリカ水泳界の顔になることを目指していたわけではなかった。彼女の目標は、25ヤードプールの端から端まで、レーンロープにつかまったり止まったりすることなく、最後まで泳ぎ切ることだった。

「水泳は自分にとって、本当に今でも趣味なんです」
レデッキーはそう言って、しばし躊躇した。
「でも今は、それ以上かな」

21歳のレデッキーに話を聞いたのは6月だった。水着メーカーのTYRと、初の大型スポンサーとなる7年700万ドルの契約を結んだ直後のことだ。今年の春にプロに転向してからも、外見上の生活は何も変わっていない。変わったことといえば、日々の夕食代の領収書を(経理上の義務によって)整理しなければならないと冗談を言うくらいのものである。練習拠点は今でもスタンフォード大に置いているが、大学単位の大会に出場することはできない。学生としての籍は残っていて、学業成績の換算評価点(grade point)が3.9(最高は4.0)の極めて優秀な3年生である。専攻は心理学であり、将来的には大学の研究所で助手として働く計画だ。

東京で行われるパンパシフィック選手権は、彼女にとってプロとして最初の国際大会となる。レデッキーは木曜日の800m自由形で優勝した。この種目は15歳で最初の五輪金メダルを獲得し、スターになったレースだ。東京でのタイムは8分9秒13だったが、それでも2位のアリアーヌ・ティトマス(豪州)に8秒の大差をつけての圧勝だった。

ロンドン五輪で衝撃的なデビューを飾って以来、レデッキーは多くの注目を集めてきたが、本人は全く動じていない。もともとが落ち着いた性格であり、大学においてもアマチュアという繭に守られ、地に足がついた状態を保ってきた。彼女は自転車に乗る際、学生には珍しくまじめにヘルメットを着用するが、そうでなければほとんど気づかれずにスイスイと学内を走ることができるだろう。だがこれからは、自身が情熱を注ぐものが職業になる、ということだ。レデッキーは自分のためだけでなく、スポンサー企業を喜ばせるために泳ぎ、水泳という競技の価値を、本来的なもの以上の位置にまで高めるために、泳ぐ。

その責任と期待は、途方もないものになる。女性アスリートの場合、狭いレンズを通してしか見てもらえないという、より大きな重圧に直面することが多い。外見の美しさをセールスポイントにされてしまうのだ。

だが彼女は、自由形長距離種目を、まるでロングスプリントであるかのような飛ばし方で泳いで、革命をおこした。そして今度は、プロアスリートとしての生活にも明確なテンプレートを生み出している。序盤のステージにおけるその生活は、攻撃的なストロークとは対照的な、静謐な日々に見える。

先月、レデッキーは女性五輪選手として初めて『ナショナル・ジオグラフィック』誌の表紙を飾った。子供のころから愛読してきた雑誌である。その記事は、スポーツとサイエンスに焦点を当てている。
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この号では、レデッキーと一般のファンがツイッターで質疑応答をするという場を設けている。レデッキーは目標を設定することについて語っているが、なかでも熱心だったのは、子供たちに対して、成功にこだわるのではなく、日々自分自身に挑戦することを楽しんでくださいと励ますことだった。

バージニア州出身のある女性が、ツイッターの質問に参加した。11歳の娘が水泳をやっていて、本人も水泳が好きなのだが、「人を押しのけて勝つ」ことができないという相談だった。

また、別の両親が娘たちに水泳を習わせていて、高額なハイテク水着を買い漁っているという話も聞いた。「第二のケイティ・レデッキー」を目指すのだという。

本家のレデッキーは、今日自分があるような姿を追い求めてあくせくしたという記憶がない。最近SNSの動画で、4歳の女の子が50mプールで100m自由形を泳ぎ切る映像を見たが、彼女が思い出したのは、自分は8歳まで25ヤードのレースにしか出ていないことだった。

「水泳を楽しむことができたのはラッキーだったと思います」
レデッキーは言う。テーマが有名人としての姿勢になると、口調は熱を帯びる。
「みんな、リラックスする必要がある。一歩引いて、その歳ですごい存在になろうなんて考えなくていい。大事なのは目先の結果じゃないんです」

スタンフォード大では、レデッキーの周囲を固めるチームが組まれている。彼女が学生であることと、世界的なブランド大使でありつつ、水泳の能力を最大化する存在であることのバランスをとってくれる、信頼のおける存在だ。

学問アドバイザーのアリア・クラムは心理学の准教授だが、自身も10歳ごろまでは才能のある体操選手だった。その後はアイスホッケーを大学までプレーし、一方でハーバード大で心理学の学位を取得した。クラムはコロラド州アスペンで少年チームを立ち上げ、のちに彼女の母親と他の父兄が女の子のチームを作った。

「私の両親が教えてくれたのは、何をするにしろ、ちゃんと、真剣にやりなさい、一日の終わりに、これはスポーツにすぎないけれど、あなたがなりうるベストの人間への道しるべだということです」
そう語るクラムは、レデッキーが働くことになる心身研究所の所長をつとめる。
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レデッキーはリオ五輪で5個のメダルを獲得する活躍のあと、クラムのセミナーに申し込んだ。「信念がいかにして現実を生むのか」というのがテーマの講座である。

授業の初日、クラムは生徒を16組のペアに分け、自分のパートナーをよく知りなさい、そして知ったことをもとにイントロダクションをしてくださいと指示した。クラムは、レデッキーのイントロダクションが忘れられないと言う。レデッキーは夏の間にSNSやテレビで顔が世界じゅうに知れ渡ったアスリートだったが、彼女のパートナーはこう紹介した。
「こちらはケイティ。彼女は泳ぐことが大好きで、この夏はすべての目標を達成しました」

レデッキーは相方に、そのゴールには1968年のデビーメイヤー以来となる、200、400、800m自由形の単独五輪3冠も含まれていることを言いそびれていた。

クラムは言う。
「とても感心したのを覚えています。彼女が成し遂げたことだけではなく、とても謙虚だということですね」

今年の春、クラムは一通のメールをレデッキーから受け取ったが、内容は授業の質問や日程に関するものではなかった。レデッキーは、クラムが研究助成金を勝ち取ったことを知り、それを祝福したかったのである。

「人間は栄誉を受ければ受けるほど、さらなる困難が待ち受けるものです」
クラムは、レデッキーには何の心配もしていない。
「水泳がゼロサム(自分がプラス100なら相手はマイナス100)である必要はないってことを、彼女は理解していますからね」

レデッキー率いるスタンフォード大は2年連続でNCAAタイトルを獲得したが、一方ではスポンサー契約を遅らせることになり、一競技者としての代償もあった。だが女子チームの一員になり、選手の知的向上を促すコーチのグレッグ・ミーハンの指導を受けたことは、水泳は単に記録を追い求めるためだけのものではないという彼女のゴールとも合致し、また仲間との友情をはぐくみ、刺激を受けることもできたのだった。

「本当に楽しかったし、生涯の友人を持つこともできました」
レデッキーは5つのNCAA個人タイトルを獲得し、リレーでも3度の優勝を果たした。

ミーハンは2020年の五輪まで彼女を指導する予定で、2024年も可能性としてあるが、レデッキーがレースに勝つのは簡単だったが、大学水泳というものにはいくつもの障壁があった、と語る。

大会のスケジュールが、トレーニングの妨げにもなった。くわえて練習するのは大学の大会で使われる25ヤードのショートコースであり、ターン動作は素早くなったが、国際大会に不可欠な長水路の練習が不足した。1500mでは特にそうだ。だがレデッキーはスタンフォード大のチーム愛が強く、そのマントラを唱えた。彼女は200ヤードバタフライなどというレースも泳いだ。カーディナル(チームの愛称)は自由形長距離の層が厚かったからだ。

NCAA選手権では、200m自由形ではなく400m個人メドレーに出場した。このことでチームは得点を最大化することができた。そしてチームメイトを熱烈に応援した。感情的に疲れてしまうところである。

アマチュア資格を捨てた後の最初のレースで、レデッキーは1500m自由形の自己の世界記録を3秒更新した。自身14個目の世界新だったが、スタンフォード入学以降では初だった。1500はパンパシでも泳ぐ。

理由はわからないが、大学でのキャリアを終えてから「ベストの練習ができた」と彼女は言う。
「なんていうか、スイッチを切り替えて練習できるようになりました。リオの前にはなかったことです」
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レデッキーにとっては、つねに過程が大切であり、過程のプリズムを通して、リンダ・ファルケンシュタインにもツイッターで答えた。リンダはバージニア在住の母親で、11歳の娘のためにアドバイスを求めてきたのだった。

レデッキーは、娘さんのエオウィン・ワーストに、じかに話しかけるようにして答えた。
「自分の先にあるものへの挑戦を大事にしてください。だんだんそのことが楽しくなってくるから」

レデッキーの回答は、ファルケンシュタイン家もメンバーであるヘイデン・ヴィレッジ・ヴィレインをグッドニュースのように駆け巡った。親たちの中には、チームのTシャツを作って、胸に"Embrace the Chase"、背中に"Times Will Come"とプリントしようと言い出す人もいたという。個人コーチを雇いたいという重圧を親が感じたり、子供に一つだけのスポーツをやらせたりという世界において、レデッキーのメッセージは一服の鎮静剤であった。

レデッキーに返事をもらった後の最初のレースでエオウィン・ワーストはバタフライ、背泳ぎ、フリースタイルで自己記録を更新した。母親のリンダが言う。
「ケイティの返事を読んで思いました。ちょっと待って、私たち、リラックスしたほうがいいみたい」

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この記事へのコメント

ゆへ
2019年01月27日 07:50
更新すごく楽しみにしています!

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