財前くに郎の 教授になってもヒラ泳ぎ

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zoom RSS 朝は仏壇に線香、夜はクリスマスケーキにロウソク。

<<   作成日時 : 2009/12/24 00:53   >>

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いやあ、今年もこの季節がやってきたね。

くにちゃんには何の関係もないんだけどさ。せいぜい付き合いで毎年買うケーキを食うぐらいのもんでよ。

以下、アメリカのニュースが日本のクリスマスを取り上げております。

神道の国では、サンタクロースは荷物を引くのにトナカイを使いません。
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日本と言えば何を連想しますか?
雄大な富士山?
弾丸列車(新幹線)?

クリスマスの季節の日本は、アメリカのような雰囲気になります。
キリスト教徒は人口のたった1%に過ぎないのですが。

東京で6人のサンタが「人力車(rickshaw=リクシャー):ジンリキシャという日本語から転じた言葉ですな)」という伝統的な乗り物を引いてゆく。
スピードは遅いが、クリスマスにはぴったり。

「このコスチュームで、お客さんとの会話のきっかけになります。今日は寒いですが、我々のハートは暖かいですよ」
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以下、百科事典の「ブリタニカ」を和訳。

<クリスマス>
古い英語で「キリストのミサ(Christ's mass)。12月25日に、キリストの生誕を祝う。非宗教的な休日としても定着している。

ローマの暦書によると、キリスト教徒がクリスマスを祝うのは、ローマでは紀元前336年には始まっている。ローマ帝国の東方では、1月6日にイエスの降誕と洗礼をあわせ、神の公現として祝った。
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ただエルサレムでは降誕を祝うのみであった。4世紀、12月25日にキリストの誕生を祝う儀式は、ほとんどの東方教会で行われるようになった。エルサレムは最後までクリスマスに反対したが、次第に受け入れられた。アルメニアの教会では、12月25日の祝いは決して受け入れられなかった。彼らはキリストの誕生は1月6日という立場をとった。東方教会では、クリスマスが定着した後、イエスの洗礼が公現日(Epiphany)の1月6日に祝われた。それに対し西方では、公現日は東方の三博士(マギ)がイエスの生誕を祝って贈り物を持ってきた日を指すのであった。
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なぜ、クリスマスが12月25日に祝われるようになったかについては、いまだに定説がない。最も有力な話としては、初期のキリスト教徒は、イエスの誕生日を、古代(キリスト教化される前の)ローマ人の祝祭『征服されぬ太陽』の生まれ日と一致させようとしたのではないか、という説がある。この日は「冬至」を祝う祭りで、この日を境に昼は長くなり、太陽は高くのぼる。クリスマスは伝統的な慣習と結びつき、古代の農耕儀礼や太陽崇拝なども取り込んで、冬の祭りとして発展していった。ローマ世界では、「サトゥルニア(収穫祭、冬至祭)」(12月17日)に贈り物を交換し合い、浮かれ騒いだ。12月25日は、ペルシャ神話の光と真理の神「ミトラ」の生まれ日でもあると考えられた。
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ローマ暦の新年(1月1日)には、家々は草木を飾り灯りをともし、子供たちや貧しい人々に贈り物をあたえた。こうした慣習は、ゲルマン人がガリア、ブリテン、中央ヨーロッパに侵入して、ゲルマン人やケルト人の祭りにも伝わった。食事、親交、ケーキ、リース、ツリー、ギフトなどは、すべてこの季節の一断面である。炎や灯りは、ぬくもりと長寿のシンボルであり、古代異教徒にもクリスチャンにも欠かせぬものである。ヨーロッパ中世以降、常緑樹は繁栄の象徴であり、クリスマスと結びついた。クリスマスは伝統的に家族と子供たちの祭りであり、その保護聖者である聖ニコラス(サンタクロース)にちなみ、プレゼント交換は多くの国で行われている。
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<クリスマスツリー>
:クリスマスを祝うもののひとつ。モミの木やベイマツなどの常緑樹を、電飾やオーナメントで飾る。常緑樹やリースなどは、古代エジプト、中国、ヘブライ(ユダヤ)の人々にとって永遠の生命の象徴であった。樹木崇拝はキリスト教以前のヨーロッパにおいては一般的だったが、キリスト教化されたあとも生き残り、スカンジナビアでは新年に家や納屋を常緑樹で飾り、悪魔をはらった。またクリスマスの季節には木を立てて鳥たちを招いた。ドイツでは冬の休日に、家の玄関にツリーを置く習慣がある。

現代に見られるクリスマスツリーの源流は、ドイツ西部にある。中世において人々が慣れ親しんだアダムとイブの劇で、主要な小道具といえば、リンゴをつるしたモミの木である。
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これは「楽園の木(paradise tree)とよばれ、エデンの園を表している。ドイツ人はツリーを12月24日に飾ったが、これはアダムとイブの祝日である。彼らは木にウエハースをつるした。(聖餐式で出てくるパン「ホスチア」を表している。聖餅。贖罪のシンボル)、
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のちにはウエハースに代わり、様々な形のクッキーが吊るされるようになった。ロウソクもキリストの象徴として用いられることが多くなった。部屋の中にはクリスマス・ピラミッドという三角形の木組みを造り、フィギュアをのせ、常緑樹、ロウソク、星などを飾った。
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クリスマス・ピラミッドやパラダイス・ツリーは、16世紀ごろにはクリスマスツリーに形を変えていった。

18世紀には、こうした習慣はドイツのルーテル教会のあいだで広まったが、クリスマスツリーがドイツの伝統に深く根を下ろすようになったのは19世紀に入ってからだった。イギリスには19世紀はじめに伝わり、世紀半ばにはドイツ王子アルバート公によって普及した。彼はビクトリア女王の夫であった。
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「ビクトリアン・ツリー」にはロウソク、キャンディ、デコレーションケーキを、リボンや紙細工の鎖で枝に吊るした。
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北米には、17世紀はじめにドイツからの入植者が持ち込み、クリスマスツリーは19世紀までに大流行した。オーストリア、スイス、ポーランド、オランダでも定着した。中国と日本には、西洋の宣教師たちが19世紀と20世紀にまたがって紹介し、
かの地では精緻な折り紙でツリーを飾ったりした。
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フランスのアルザスかどっかの村で、500年位前にツリーを飾るのが流行って、みんなしてモミの木を片っ端から引っこ抜いていくもんだから村中からモミの木がなくなり、禁止のお触れが出たなんてこともあるそうな。
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<聖ニコラス(サンタクロース)>
4世紀、小アジア、リュキア(ローマの属州)にあるミュラの人。教会の祝日は12月6日。

バリ(バリ島じゃないよ、イタリアの地名)のニコラス、ミュラのニコラス、サンタクロースともよばれ(サンタクロースはオランダ語が混じったりしてそうなったらしい)、東西両方の教会で祝われる。現在ではクリスマスのお祭りが定着している。
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ニコラスの存在は、歴史的資料によって証明されているわけではない。4世紀にミュラの司教であったらしいということが伝わっているのみである。伝説によると、彼はリュキアの港町パタラに生まれ、若い頃にパレスチナやエジプトを旅した。リュキアに帰ると、ほどなく司教になった。ローマ皇帝ディオクレティアヌス(専制君主制を樹立した人)
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がキリスト教徒を迫害した際、ニコラスは牢獄に入れられたが、大帝コンスタンティヌス一世(ローマを再統一し、新首都をコンスタンティノープルに置き、キリスト教信仰を公認した人)
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の勅令によって釈放され、ニケア宗教会議(325年)に参加した。死後、自身のミュラの教会に埋葬され、6世紀には彼の聖廟は有名になっていた。1087年、イタリアの船乗りだか商人だかがニコラスの遺骨を盗み出し、イタリアのバリに持ち帰った。これによって聖人ニコラスの名声はヨーロッパでも高まり、バリは最も多くの巡礼者が訪れる場所の一つになった。ニコラスの遺骨は、11世紀にはバリの聖ニコラ教会に安置されていた。
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ニコラスの寛容と慈悲の心に対する人々の信仰心は、彼が貧しく不幸な人々に与えた様々な奇跡の伝説を生んだ。金がなく、このままでは売春に身を落とすしかないという三人の娘に、彼は持参金として金(ゴールド)を渡した、という。あるときは3人の子供が肉屋に惨殺され、塩水に着けられていたのを、ニコラスが命を蘇らせた。中世になると、ニコラスへの信仰はヨーロッパ中に広まった。ロシアとギリシャでは国の守護聖人となり、慈善団体、ギルド(同業組合)、子供、船乗り、未婚女性、商人、質屋の守護聖者となった。スイスのフライブルグ、モスクワなどの都市でも同様であった。彼を記念する数千もの教会が建てられ、古いものでは6世紀、東ローマ(ビザンツ)皇帝ユスティニアヌス1世がコンスタンティノープル(現イスタンブール)につくった。
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ニコラスの奇跡は、中世の芸術家や典礼劇の格好の題材になった。彼の祝日(12月6日)には少年司教の儀式が行なわれ、ヨーロッパに広く伝わる習慣になった。一人の少年を司教に選び、「無辜聖嬰児の記念日(the Holy Innocents' day=12月28日)」までつとめるのである。
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宗教改革のあと、ニコラス信仰はプロテスタント国では消え去った。例外はオランダで、彼の伝説はシンタクラース(Sintaklaas=聖ニコラスのオランダ語よみ)として残った。17世紀、オランダ人入植者はこの伝説をアメリカ植民地のニューアムステルダム(現在のニューヨーク。ディカプリオ主演の『ギャング・オブ・ニューヨーク』を見れ!)に持ち込んだ。
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シンタクラースは英語圏の国々ではサンタクロースとして定着し、優しい老人の伝説は、魔法使いが、悪い子にはお仕置きをし、よい子にはプレゼントを与えるという北欧の民話と融合した。アメリカにおける現在のサンタクロースのイメージは19世紀に確立したもので、以来クリスマスのお祭りにギフトを運んでくるおじさんとして親しまれている。

その風貌や身なりは様々だが、オランダ、ベルギー、ヨーロッパ北部で共通しているのは、慈悲深い、プレゼントをくれる人物ということである。イギリスではサンタは「ファーザー・クリスマス(Father Christmas)として知られている。
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ほかに、サンタが赤いの着てんのはコカコーラのCMがどうとかイラストレーターが書いたとかイロイロあるらしいが、その辺は自分で調べてください。調べたけりゃ。

・・・・おっと、グダグダ書いている間に、我が家にサンタの贈り物ならぬ、暮の元気なご挨拶のお歳暮が届いたぜ。

開けてみると、それはサラダ油ではなく、ゴディバのアイスクリームであった!
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くにちゃんは別にスイーツ好きじゃないけどさ、ゴディバってのはベルギーのチョコ屋ですな。
普段アイスを自分で買って食うなんざ絶対無いが、まあゆっくり味わうとしよう。



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