財前くに郎の 教授になってもヒラ泳ぎ

アクセスカウンタ

zoom RSS 『大リーグ ポストシーズン番狂わせの歴史』

<<   作成日時 : 2008/10/07 00:40   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

@ 1906年ワールドシリーズ 
○ホワイトソックス(93勝58敗)対カブス(116勝36敗)●
画像
カブスは大リーグ史上最高勝率でナ・リーグを制した。ジャイアンツに20ゲーム差の圧勝。だがワールドシリーズで同じシカゴのチームに沈黙した。
「打てない不思議」と言われたホワイトソックスが最後の2試合で26安打16点の大爆発。これがカブスにとって「失望の10月」の歴史の始まりだった。

A 2001年 ア・リーグ優勝決定戦(以下ALCS)
○ヤンキース(96勝65敗)対マリナーズ(116勝46敗)●
画像
この年のマリナーズはレギュラーシーズンタイ記録となる116勝を上げ、エドガー・マルチネス、ブレット・ブーン、イチロー・スズキを擁する強力な布陣だったが、ワールドシリーズ3連覇中のヤンキースは臆することはなかった。敵地シアトルで最初の2戦に勝ち、第4戦ではアルフォンゾ・ソリアーノが佐々木主浩からサヨナラホームランをかっとばした。第5戦は12−3で圧勝して、リーグ4連覇を果たす。写真でヤンキースファンが掲げる文字は"116 wins so what"「116勝?だから何だ」

B 1973年ナ・リーグ優勝決定戦(以下NLCS)
○メッツ(82勝79敗)対レッズ(99勝63敗)●
画像
メッツは8月下旬の時点で最下位だったが、そこから反撃してナ・リーグ東地区を制した。当時としては史上最低の成績でのポストシーズン進出だった。一方のレッズはビッグ・レッド・マシン全盛期で、4年間で3度目のリーグ制覇を目指していた。ところが気合十分のメッツは遊撃手のバッド・ハレルソンがピート・ローズと大立ち回りを演じ、第3戦に勝利。勝率が圧倒的に低いにもかかわらずメッツが地元で第5戦を戦い、7−2で勝ってワールドシリーズに進んだ。シリーズの総得点ではメッツが23−8で圧倒。

C 1954年ワールドシリーズ
○ジャイアンツ(97勝57敗)対インディアンズ(111勝43敗)●
画像
インディアンズはボブ・レモンとボブ・フェラー(スライダーの元祖)を擁する強力投手陣で、ア・リーグ記録となる111勝をあげた。だがウイリー・メイズの超美技(ザ・キャッチ)と無名のダスティ・ローズの本塁打で第1戦に勝利したジャイアンツが、勢いに乗って4連勝した。

D 2006年NLCS 
○カージナルス(83勝78敗)対メッツ(97勝65敗)●
画像
2年前にカージナルスは105勝をあげていたが、ワールドシリーズ制覇を果たすのはこの年の83勝のチームのほうだった。そのためには大本命のメッツを倒さなければならなかったが、メッツは先発投手陣に怪我人が出て戦力ダウンしていた。シェイ・スタジアムでの第7戦、打撃の良くない捕手のヤディエル・モリーナが9回表に2ランを放ち、カルロス・ベルトランとその仲間たちは反撃ならずカージナルスが勝った。

E 2003年ナ・リーグ地区シリーズ(NLDS)
○カブス(88勝74敗)対ブレーブス(101勝61敗)●
画像
ブレーブスにとって失望の10月として最も新しいものは、カブスによってもたらされた。カブスはレギュラーシーズン最終週にプレーオフに滑り込んだ。このシリーズでケリー・ウッドが2勝し、うち1勝は最終第5戦。カブスは1908年ワールドシリーズに勝って以来のシリーズ勝利となった。

F 1987年ALCS 
○ツインズ(85勝77敗)対タイガース(98勝64敗)●
画像
ツインズの85勝はア・リーグ東地区に照らせば5位でしかなかったが、大観衆がいっせいにホーマー・ハンキー(応援で振り回すハンカチ)を打ち振るメトロ・ドームで勇気百倍のツインズは最初の2試合に連勝。勢いに乗ってワールドシリーズに駒を進めた。

G 1990年 ワールドシリーズ
○レッズ(91勝71敗)対アスレチックス(103勝59敗)●
画像
マーク・マグワイアとホゼ・カンセコの「バッシュ・ブラザーズ」に率いられ、前年覇者のアスレチックスは3年連続でワールドシリーズに乗り込んだ。ALCSではレッドソックスを4連勝で一蹴していた。ところがレッズの素晴らしい投手陣のまえに沈黙。リリーフ陣はとくに「ナスティ・ボーイズ(nasty=手に負えない、嫌な」の異名をとった。シリーズMVPには第4戦も含め2勝をあげたホゼ・リホが選ばれ、レッズは4連勝で頂点に立った。

H 1974年ワールドシリーズ
○アスレチックス(90勝72敗)対ドジャース(102勝60敗)●
画像
初のカリフォルニア対決となったワールドシリーズは、アスレチックスが4勝1敗でドジャースを倒した。ドジャースの強力打線は合計でたったの11得点。5試合中4試合が3−2のスコアで、そのすべてにアスレチックスが勝利した。

I 1996年ア・リーグ地区シリーズ(ALDS)
○オリオールズ(88勝74敗)対インディアンズ(99勝62敗)●
画像
ワイルドカードのオリオールズは、超重量打線を誇る前年ア・リーグ覇者のインディアンズを相手に圧倒的に不利と見られていた。だが蓋を開けるやオリオールズがまず2勝、第4戦では延長12回にロベルト・アロマーが本塁打してインディアンズを倒した。インディアンズは1995年から2001年までに6度の地区優勝を果たしたが、ついにワールドシリーズでは勝てなかった。

J 2008年NLDS
○ドジャース(84勝78敗)対カブス(97勝64敗)●
画像
ワールドシリーズ優勝の栄冠は100年連続でカブスの手からすり抜けた。レギュラーシーズンを1945年以来の好成績でカブスだったが、下馬評の低いドジャースに3タテをくらった。これで2年連続のスイープ負けにくわえ、ポストシーズン9連敗。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『大リーグ ポストシーズン番狂わせの歴史』 財前くに郎の 教授になってもヒラ泳ぎ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる